本学が培ってきた強み
第3期中期目標期間の最終年度を迎え、また第4期中期目標を立てその計画を創案するにあたり、本学の建学の理念をあらためて読み直してみました。
本学は、基礎及び応用諸科学について、国内外の教育?研究機関及び社会との自由、かつ、緊密なる交流 連係を深め、学際的な協力の実をあげながら、教育?研究を行い、もって創造的な知性と豊かな人間性を 備えた人材を育成するとともに、学術文化の進展に寄与することを目的とする。従来の大学は、ややもす れば狭い専門領域に閉じこもり、教育?研究の両面にわたって停滞し、固定化を招き、現実の社会からも 遊離しがちであった。本学は、この点を反省し、あらゆる意味において、国内的にも国際的にも開かれた 大学であることをその基本的性格とする。そのためには、変動する現代社会に不断に対応しつつ、国際性豊かにして、かつ、多様性と柔軟性とを持った新しい教育?研究の機能及び運営の組織を開発する。更に、これらの諸活動を実施する責任ある管理体制を確立する。
今期は、これまでに本学が丹精を込めて培ってきた強みである「国際(性)」と「学際(性)」というキーワードを、これまでの学長所信の中だけではなく、学外に向けても何度となく取り上げ、発信してきました。「国際」に関しては、本学は当初から世界水準を目指して創られた唯一の国立大学です。世界最高レベルの教育研究のために、開学前に欧米の大学を視察し日本にない海外大学の優れた点を採り入れた大学としてスタートしました。具体的には、国内では他に類を見ない教学システム(教?教分離(教育組織と教員組織の分離)、ナンバー学群の設置、大学院の二課程並立制、教養部廃止など)および新しい大学自治制度(副学長制度、参与会、全学人事委員会など)などを導入しました。
法人化後は、国際化拠点整備事業(G30)を活用し、「世界との共生」と「国際性の日常化」をスローガンに、英語プログラムを整備し、外国人学生への教育を充実させてきました。また、グローバル人材育成事業により、日本人学生の海外派遣を飛躍的に増加させました。並行して、4つの世界展開力強化事業(日独韓、ASEAN、ロシア?中央アジア、中南米)を通じて、特定地域との活発な双方向性の交流を進めています。卓越した実績を示してきた南米とロシア?CIS地域においては、日本の大学を代表し文部科学省が支援する拠点形成事業である日本留学海外拠点連携推進事業を展開しています。これらの実績を踏まえ、国際的互換性のある教育と世界トップレベルの研究を行う戦略として、Campus-in-Campus(CiC)構想を掲げ、スーパーグローバル大学創成支援事業タイプAに取組んでいます。CiCとは、あらゆる壁を超えて教育研究リソースを共有するグローバル大学のアライアンスです。CiCパートナー大学と授業を相互に提供し合う科目ジュークボックスのほか、教職員、学位プログラム、研究ユニット、オフィススペースの共有も進めています。
「学際」に関しては、旧帝大系の大学で顕著であった学部制による縦割りの弊害の解消を目的として我が国で初めて導入された教?教分離を全面的に活かし、教育面では、ナンバー学群により文理横断の学群編制を行いました。学群?学類の垣根を超えた履修もカリキュラムに組み込まれました。研究面では、開学時より附置研究所を置かず、時限付きの特別プロジェクトにより組織的な分野横断研究を推進する体制をとりました。しかし、2007年には開学以来のナンバー学群を解体し、ディシプリン重視の学群?学類編制とし、特定分野の専門教育を重視する方向に傾きました。この間、大学院重点化の流れもあり、本学では2004年に教員が博士課程研究科?専攻に所属する体制に移行しました。これにより研究大学としての立ち位置が明確化した一方で、開学以来の教?教分離の考え方が弱まりました。しかし、2012年に教?教分離を復活させ、教育面では、2020年から国内初の全学的な学位プログラム制への移行を実施し、大学院8研究科を3学術院へと再編しました。また、研究面では、学問分野を統合した将来の研究センターを生み出すためのインキュベーターとして学術センター制度を創設し、活用してきました。
しかし、第4期中期目標?中期計画を策定するにあたって、上述の活動により本学の強みが十分に発揮されているかを調べ、方策を再考する必要があるのではないかとも考えてきました。
社会とのエンゲージメント構築に向けて
一方で、建学の理念の中にこれまでに取り上げられてこなかった部分があることに、またそれらの現在的な重要性に気づきました。その一つは、「国内外の教育?研究機関及び社会との自由、かつ、緊密なる交流連係」という冒頭の部分であり、今風に言い換えると「エンゲージメント」となります。エンゲージメントは、契約、約束などを意味しますが、本質的にはある対象への「愛着や没頭」、「自発的な貢献意欲」などを意味しています。これは大学が、あるいは大学に対して一方的に何かを約束したりさせるのではなく、大学と多様なステークホルダーが互いに貢献し合う「(ちょっと)いい関係」のことではないでしょうか。
エンゲージメントに関して、本学の最大の優位性は筑波研究学園都市という立地です。学園都市の中核機関として、研究開発法人及び企業との連携による教育研究の推進や社会実装に取組んできました。学園都市内において多くの共同研究の実績がありますし、教育面においても、1992年に我が国初の連携大学院方式を、2015年に企業と研究機関とのコンソーシアム形式の連携による本学独自の協働大学院方式を導入しました。2009年には、筑波研究学園都市の高い研究力を有する研究機関である本学、産業技術総合研究所、高エネルギー加速機研究機構、物質?材料研究機構と日本経済団体連合会の支援で運営するつくばイノベーションアリーナ(TIA)を設立し、産業化に至るイノベーションを推進してきています(その後、東京大学、東北大学がメンバーとなりました)。2011年に国際戦略総合特区に指定され、2019年にスマートシティモデル事業や新モビリティ推進事業を受託するなど、筑波研究学園都市は未来都市創成のための実験場になろうとしています。
国外の教育?研究機関とのエンゲージメントについては、2つの特筆すべき取組があります。2013年に研究大学強化促進事業に採択された研究力強化実現構想に基づき、若手教員のテニュアトラック期間中に2年以上、海外の一流研究者との共同研究に専念する機会を与える国際テニュアトラック制度を創設しました。スーパーグローバル大学創成支援事業の一環としては、本学が強みを有する分野における海外トップ研究者の研究ユニットを本学に招致する事業も進めています。これまでに仏教、がん、素粒子物理学、海洋生物学、スポーツ科学など、累計9つの研究ユニットが招致されています。
社会とのエンゲージメントも進んでいます。開学当初から育まれてきた学際性は産業界のニーズに応える上で大きな強みであることから、これを活かし、外部資金の獲得と産学共同研究の大型化を目指した組織的な取組も強化してきました。2014年に国際産学連携本部を設置し、特別共同研究事業や開発研究センターを通して産学共同研究の大型化を図りました。その結果、2015年には海外からの共同研究受入額で国内大学2位に躍進し、2018年度には2014年度の4.5倍の産学共同研究受入額を達成しました。
しかし、第4期中期目標?中期計画を策定するにあたって、はたして本学は十分に社会とのエンゲージメントを進めることができていたのかを再考してみることが必要だと考えていました。
社会変革のエンジン
建学の理念でこれまでに取り上げられてこなかった重要な部分がもう一つあります。それは「固定化を招き」という部分に託された課題であると認識しています。この「固定化」という表現には、様々な側面があります。偏差値等による大学の序列もその一つですし、利益追求に固定化された企業等のあり方や、我々自身の価値観の固定化に起因する社会の分断も含まれます。企業に関して言うと、投資家は利益に固定化されたあり方の限界を理解し始めていて、利益は企業存続の条件であって目的ではないという考え方が広がりつつあります。その結果、企業の側でも、どんなに利益をあげていても、SDGsやグリーンリカバリーへの貢献を通して社会的な役割を果し続けられない企業は長期的に存続することはできない、という考え方への転換が急速に進んでいます。大学にも、こうした固定化された社会へのチャレンジが求められています。新しい日常の創出は、まさに感染症によって引き金をひかれた固定化された社会の転換を意味しています。我々大学人は、コロナ禍にあって、自らが新しい日常を築く動力源であり、社会を変革させていくエンジンとなる責務を自覚する必要があります。
指定国立大学として
昨年の指定国立大学への申請を行った基本的な想いを述べると、我が国の高等教育には旧帝大を頂点とする序列、偏差値やランキングによる大学の序列等が存在しますが、大学が将来にわたって存続するためには、そうした序列ではなく、研究や教育を通して社会的な役割を果し続けていくことが不可欠であると考えてきました。その結果、旧帝大ではない総合大学が指定国立大学としての指定を受けることができたことは、本学のみならず、固定化へのチャレンジを目指す全ての大学にとって大きな意味のあることだと考えています。
申請に際して常に心に留めたのは、研究や教育を通した本学の社会的な役割とは何かという問いでした。それに対する現時点での答えとして描いた本学の目指す大学像が「地球規模課題を解決する真の総合大学」というものです。一般的には、様々な学問分野を有する大学を総合大学と呼びますが、単に様々な分野が集まっているだけでは、本来の「総合」大学とは言えません。学問分野間が協働して研究や教育を遂行することが総合大学の必要条件と言えるでしょう。多くの「総合大学」では学部?研究科間の敷居が高く、一大学の中に複数の学問分野が並存しているに過ぎませんが、本学は教?教分離により学問分野間および教育組織間の壁が低い体制をすでに実現しており、分野横断的な研究と教育を強みとしています。「真の総合大学」と銘打つためにはこの「総合」大学の条件に加えて十分条件に相当するものが必要です。以前から述べているように、学際性の究極的な意味は、新たな学問分野の創成です。この考え方を基盤として、本学は「真の総合大学」の十分条件を、予測不可能な時代の未知の危機に取組み、既存の学問分野だけでは解決できない課題に挑む新たな学問分野を創成することと定めました。365体育投注が指定国立大学として第4期中期目標?計画期間において目指すのは、各々の学問分野を強化した上で、学問分野間の壁を超えて分野横断的な協働を推進し、新たな学問分野を創成するとともに、その精神に基づいた研究と教育を進め、その成果を我が国のみならず世界に実装するという社会的な役割です。そのためには、社会との良い関係、すなわちエンゲージメントが重要になってきます。なお、申請にあたっては、多くの教職員のご協力、ご支援がありました。深くお礼申し上げます。
以上を踏まえて、以下に真の総合大学を目指した研究、教育、社会貢献の推進方策について述べます。
学問分野の壁を超える研究展開
若手研究者の支援について述べます。若手の研究力の強化には国際テニュアトラック制度の拡充によって取組みます。若手研究者は海外の新たな環境で目覚しく成長します。本学の国際テニュアトラック教員によるTOP10%とTOP1%の論文は、RU11の平均をはるかに上回っています。この制度を二つの面で拡充します。一つは、国際テニュアトラック教員の人数を戦略的に増やすことです。もう一つは、この制度に複数の研究室をまわる国際ラボローテーションというオプションを導入し、異分野を横断した頭脳循環をいっそう促進することを考えています。
本学が強みを有する研究分野も強化していきます。これに対して本学は数々の手段を講じていますが、特に重要だと考えているのが、海外から本学へ招致する研究ユニットを大幅に増加させることです。2014年から招致が始まり、これまでに海外の一流機関から13名の卓越した外国人研究者をクロス?アポイントなどで招聘し?彼らのラボを本学内に開設しました。仏教、がん、海洋生物学など本学が強みを有する研究分野を選んで、この取組を行ってきました。この取組は副PI、ポスドク、大学院生など若手研究者の極めて活発な国際頭脳循環に寄与しています。
個人だけでなく組織的な研究力も強化する必要があります。そのために研究循環システムを引き続き運用していきます。これは、研究センターを級別(R1:世界級研究拠点、R2:全国級研究拠点、R3:重点育成研究拠点、R4:育成研究拠点)に分類し、5年ごとの評価に応じて改廃し、級に応じた支援を行う仕組みです。既にR1レベルのセンターが複数あり、その実績を次のレベルに引き上げるため、昨年度から導入された世界展開研究拠点形成機構を通じて、外国人研究者の採用や当該センター事務組織の国際化の面で全学的なバックアップを行っていきます。
研究を通して人類社会に新たな価値をもたらすための取組も重要です。産業界でも、次のステージに向かう際には基礎的な研究が必要となる場合が多々あります。企業の研究部門を学内に呼び込み、将来的な応用に必要とされる基礎研究を推進する組織として、学内にB2A研究所を設置します。B2AはBusiness to Academiaの略称です。B2A研究所は優れた産学共著論文を生み出します。国際共著論文は一般に単著論文、学内共著論文、国内共著論文より被引用数が高くなりますが、欧米の傑出した大学、たとえばオックスフォード大学、ハーバード大学などによる産学共著論文の被引用数は国際共著論文よりも高いという事実を報告した研究があります。東京大学と京都大学でも同様の傾向が見られます。本学もかろうじて同様の傾向を示していますが、国内の全ての研究大学がこの傾向に当てはまるわけではありません。B2A研究所には、高い水準の基礎研究による成果を期待しています。
上記の戦略を実行しつつ、真新しい研究分野の創出に挑みます。そのために学術センター制度を活用し、学際協働を加速させます。学術センター制度は独自の学際研究分野をインキュベートする上で重要な役割を担ってきました。将来的には、知の統合によりポストAIなどの研究分野を創出できればと願っています。
国境や組織の壁を超える人材育成
最近になり、「社会を支える人材育成と未来を創り出す研究」を「社会の課題を解決する研究と未来を創り出す人材育成」と言い換えるようにしました。どちらも間違っているわけではないのですが、大学人として後者のように考えるようになりました。人材育成、言い換えると才能の発掘?発揮を支える基盤は、学生の動機づけではないでしょうか。その観点から、学士課程では、課題(命題)ベースの学習を通じたチュートリアル教育を導入しようと考えています。ここでいうチュートリアルとは、知を相互作用により伝える教育手法で、オックスブリッジ方式が有名です。本学が構想するチュートリアル教育では、教員は学生の学問的な問題意識を1年次から育むために、議論を重ねることにより、自発的で学際的な学びの環境を提供しようというものです。分野間の協働が比較的容易な本学ならではの取組であり、分野を超えたチュートリアル教育を受け、広さと深さを身につける学生が育つことを期待しています。
全学的な学位プログラム制となった本学の大学院教育においては、そのシステムに魂を入れていくことが重要です。学生が自分の専門分野の奥深い知を追求するだけではなく、知の射程を広げる工夫が必要です。一度、閉鎖をやむなくされた博士(法学)が授与できるプログラムの再開発などにも、そうした視点が必要です。研究型大学として、特に留意すべき点は博士後期課程への学生の進学を促す取組です。それぞれの教員がその研究力を充実した研究成果で示すことを基本とし、各プログラムの特性を活かす工夫を施し、研究者の卵としてまた学生として享受できる学問を示していくことが必要です。加えて、博士後期課程の学生への各種の経済的支援が考えられているところですので、学群から博士前期/修士課程へ、そして博士後期課程への進学を推奨できる環境も整いつつあります。実際、そのような支援の嚆矢として立てられた「科学技術イノベーション創出に向けた大学フェローシップ創設事業」における博士後期課程学生支援(生活費相当180万円を含むフェローシップ)として本学は31人分の枠を獲得でき、この4月から支給がはじまります。
グローバル環境における教育を拡充するための主な戦略は二つです。第一は、CiC構想を通した国際協働の強化です?現在、本学は10校のCiCパートナー大学と科目ジュークボックスシステムを通じて、約3,000の授業科目を共有しています。現状では、学生はCiCパートナー大学のキャンパスで授業を受けますが、このウェブシステムをオンラインの双方向教育プラットフォームに改修する準備を鋭意進めています。CiCパートナー大学の仲間を増やし、学生に多様な留学の機会を提供していきます。第二は、外国人学生の獲得に関するものです。本学の外国人学生比率は国立大学ではトップクラスですが、我が国の人材総力を維持?向上し、国際社会で活躍する人材育成を推進するためには、学生の多様性をさらに高める必要があります。学群入学定員における外国人学生枠の設定?拡大、英語のみで卒業?修了できるプログラムの拡充、外国人学生のリクルーティングの強化、日本語?日本事情教育の充実などを行い、欧米トップ大学に比肩する外国人学生比率を目指します。
欧米の高等教育機関は急速に国際化を重視し、オンライン配信の導入や海外分校の設置などを進めています。本学は国立大学としては初めてとなる、学位を授与する海外分校の開設に取組みます。マレーシア政府と日本政府からの要請を受けて、海外分校をクアラルンプールに開設する準備を進めています。本学の教育システムをマレーシアに輸出するのみではなく、世界とマレーシアおよび周辺地域の社会が抱える課題を解決する人材育成を目指します。また、本校と分校の間で相互に実験的な教育のフィードバックを行い、互恵的な関係を構築します。
地球規模課題の解決に向けた社会とのつながり
学内において社会と密接なつながりを持って活動している組織の一つは附属病院です。本学の附属病院は、特定機能病院の使命である高度医療の提供、高度医療技術の開発を進めながら、加えて地域における医療の砦としての要請にも応えています。日進月歩の発展を続ける医療においては、世界の研究動向を踏まえ、最先端医学の研究成果の社会実装を推進していかなければなりません。その文脈では、粒子線治療の幅を確実に広げ、また次世代型治療装置の実用化などを含めて新たな技術導入を図りながら、先端的医療研究開発拠点へと成長していくことを期待しています。さらに、質の高い医療を安全かつ安定的に提供するために最新の知見に敏感であるとともに、医学?医療分野においてもデジタルトランスフォーメーション時代に呼応する必要があります。たとえば、病院内に革新的な診療につながるAI、ビッグデータなどが活用できる共創の場を創設することなどがアイデアとして挙げられます。
社会と密接につながっているもう一つの組織は附属学校群です。附属学校の基本的な使命は、大学と連携し、研究に基づいて学校教育機能の向上を図るためのアイデアを創出し、実証するということです。その認識のもとに宣言されている先導的教育拠点、教師教育拠点、国際教育拠点の三つの拠点構想は、先進的なインクルーシブ教育、グローバル人材育成などの実践を含めて、順調に進んでいます。全国あるいは地域における初等中等?特別支援教育に関わる学校にその成果を展開することが求められています。このような活動を支えるために、附属学校教育局においては新たなマネジメント体制を確立する必要があります。
地球規模課題の解決に資する研究成果を社会実装するために、四つの課題とそれぞれに対応する戦略を設定しました。まず、スタートアップの創成?育成と海外展開についてですが、そのためにベンチャーエコシステムを構築しました。ベンチャーエコシステムを通して、大学は学生や教員にアントレプレナーシップ教育を提供し、起業を支援します。大学発ベンチャーが設立され、上場し、ベンチャーキャピタルの投資を受けて成長すれば、利益の一部は投資、寄附、共同研究費などの形で大学に還流します。こうしたリターンはこのベンチャーエコシステムを回す燃料となります。さらに、起業を目指す学生や教職員、また大学発ベンチャーの海外での活動を支援する第一歩として、シリコンバレーとボストン(ケンブリッジ)にそのためのオフィスを開設しました。
本学は産業界と多くの共同研究を行っていますが、国内の他大学と同様にほとんどが教員の研究シーズに基づくものです。社会からは、より大規模で大学の基礎研究力が生きるニーズドリブン型の産学共同研究が求められています。先に述べたB2A研究所の招聘による研究展開がまさにこの目的に合致します。さらに、産業界のニーズとそれを解決する大学およびつくば地域の研究者を結ぶハブ機能を持つ外部法人を大学が出資して設立することが考えられます。この法人は、将来、解決のための工夫を行う研究遂行の場を生み出して行きます。
3つ目は、未来社会に向けた新たなサービスの創出についてです。本学は筑波研究学園都市を最先端の実験フィールドに変えたいと考えています。その一画を担うのがTIB(つくばイノベーションベース)〔仮称〕であり、確実に準備を進めてまいります。筑波研究学園都市は我が国最大の科学技術の中核です。約150の研究機関や研究センターを有しており、29の国立研究所が立地しています。本学はNIMSやAISTを初めとする28機関と連携大学院を実施しています。さらに研究学園都市の中核機関として、スマートシティ構想やTIAを通したオープンイノベーションを推進しています。
筑波研究学園都市をさらに国際化するための方策の一つが、世界のサイエンスシティとの協働です。本学は、世界のサイエンスシティに立地する大学間の協働をすすめてきましたが、さらにこれを活発化し筑波研究学園都市の国際化にも貢献できると考えています。つくば市はフランスのグルノーブル市の発案で始まったハイレベルフォーラムのメンバーです。これは世界のサイエンスシティのネットワークで、つくば市は日本で唯一のメンバーです。そのため、これらの都市との協働を推し進めることのできる立場にあります。つくばはこれらのパートナーが実際に顔を合わせて協働するのに最適な場です。具体的なプラットフォームの提供という意味で、本学は2010年から毎年、Tsukuba Global Science Week(TGSW)などの国際会議を開催し、2019年には若手版ダボス会議ともいうべき筑波会議が開催されました。筑波会議は我が国の産官学のトップリーダーが主催したもので、65か国の250機関から1,500名の参加者がありました。今年9月には、その2回目が開催されます。
多様な取組を支えるためのガバナンスと財務基盤の強化
ガバナンス面では、若手教員数の比率が国内の他の研究大学に比べて低いことが本学の弱点の一つです。この課題に対処するため、人事権を持つ組織の長で構成された人事企画委員会を通じて最適な配分を行うため、人事ポイントの循環型方式という戦略的な方法を新たに導入します。これにより、2040年までに累計900人の若手研究者の雇用が可能であると算定されています。この若手が年齢を重ねていくと、やがて若手、中堅、ベテランの教員数の適正なバランスが達成されます。
これまで国立大学法人は、主として国からの公的資金と学生が納付する授業料によって運営されてきました。しかし、社会保障費が高等教育への公的支出を圧迫すると同時に18歳人口が減少する中、国立大学法人の主要財源は着実に減少の一途を辿っていきます。国からの外部資金あるいは企業や自治体等からの共同?受託研究費も貴重な財源ですが、使途が限定されたものです。このため、財務強化の戦略が必要であり、すでに述べてきたB2A研究所、外部法人、ベンチャーエコシステムは今後、その一端を担うものです。一方で、社会的価値を生み出す大学としての立ち位置が明確になれば、大学はより幅広いステークホルダーと共に夢を追いかけることができます。教育研究の成果を基軸に、基金の設立?拡大や積極的な投資、また土地や施設の有効活用などを行うことができます。これらは教育や研究活動に資する財源を生み出します。現在の努力を続けることで、2030年には基金受入額と共同研究費受入額と資金運用益の累計が現在の教育研究経費の41%に達します。これが本学の目指す外部資金受入の規模感となります。
ガバナンスと財務の改善に関連して、大学経営推進局の設置を準備しています。本学は2015年に大学戦略準備室を開設しました。これが大学戦略室を経て、2018年から大学経営改革室となりました。1年後を目処にこれを新たな独立部局である大学経営推進局とする計画です。附属病院の経営を透明化するような財務管理方策や附属学校と近隣国立大学附属学校との連携を強化し、機能とマネジメント強化に資する方策を考え出すなどの具体的な課題も目の前にあります。予測不能で流動的な未来、来るべき高等教育のパラダイムシフトに本学が備えるためのブレーンとしての役割を大学経営推進局に期待しています。
次代の365体育投注に向けて
これまで述べてきたことには、今後10~20年をかけて達成していくべき長期的な取組も含まれています。このうち、来年度からの6年間に達成すべきものを第4期中期目標期間の具体的な計画に落とし込んでいきます。近いうちに素案を全学にお示しし、構成員の皆様とともに練り上げていきますので、是非ご協力をお願いいたします。
今回のコロナ禍は、地球に暮らす全ての人が改めてこの世界のあり方について思いを巡らせる契機となりました。我々を取り巻く社会について、誰もが真剣に考えを深め、そして見えてきたこと、感じられたことも多いはずです。特に、「格差」と「分断」ということが、多様な観点ではっきりと見えてきました。それらは、たとえば、地域間の格差、教育における格差、職業選択や労働環境の格差、ジェンダー不平等による格差などであり、宗教対立による分断、人種による分断、価値観?世界観における分断などです。こうした格差と分断は、他の事柄へと伝播し、様々な地球規模の課題、たとえばエネルギーと汚染?環境問題、新たな疾患などについて議論する際に決定的な意見の違いを生み出すようなことにもつながっています。そういった問題は、個人の幸福に直接関わるとともに、国際紛争などをも生み出しています。
世界はこれまでにも10年から20年毎に数々の危機に遭遇してきましたが、そのたびにアカデミアは解決のために重要な役割を果たしてきました。今、大学は、新しい日常が豊かなものになるように、未来に向けて社会が待ち望む新たな価値を創造するための努力を払うべきだと考えています。それはグローバルなコミュニケーションを通して確立される哲学であり、それに基づいて達成される科学技術の発展です。そして、個人と個人、個人と社会(あるいは組織など)、社会と社会(あるいは組織と組織など)などのコミュニケーションはもとより、来るべき時代のあらゆる活動の基盤は信頼です。ここでいう信頼は、倫理観、他者と社会への共感に基づく責任感、信頼性によって確立されます。これを仮にGLOBAL TRUSTと呼ぶことにします。GLOBAL TRUSTは新しい日常における中心的な課題であるはずであり、それこそ大学と大学に関わる全ての人々が中核となって、未来社会の基盤として確立していかなければならないことだと考えています。GLOBAL TRUSTのために、学問の自由を共有できるパートナーと協働して新たな学問分野の創成と新たなトランスボーダー教育モデルの確立にチャレンジし、新しい時代のソーシャルインパクトを生み出す次代の本学を皆さんと共に築いていきたいと考えています。