TSUKUBA FUTURE #025:犯罪社会学から見る若者社会
人文社会系 土井 隆義 教授
ニュースでは、胸を痛める犯罪が報道されています。誰しも思わず、世の中いったいどうなってしまったんだと叫びたくなることでしょう。しかし日本における犯罪発生件数は確実に減っています。平成25年版犯罪白書によれば、2002年に369万3928件と戦後最多を記録した刑法犯罪は2003年から一転減少に転じ、2012年は201万5347件(前年比5.8%減)まで減少しています。土井さんによれば、犯罪が減ったことで、たまに起きる凶悪犯罪がクローズアップされて派手に報道されているだけだというのです。土井さんの専門は犯罪社会学。あるタイプの犯罪がある時期に増減するのはなぜか、犯罪の種類の変化から社会のあり様を探るのが犯罪社会学。個人がどうして犯罪に走るのかを探る犯罪心理学とは一線を画します。
犯罪の絶対数は減っているものの、高齢者の犯罪は増加しています。60歳以上の刑法犯の構成比でいうと、1993年の5.7%が、2012年には23.8%を占めるまでに増加しています。しかもそのうち65歳以上の高齢者が16.9%にものぼります。孤立感にさいなまれる高齢者が思わず万引きに走ったり、生活に困っている高齢者が万引きを繰り返しては刑務所に戻るという例が多いといいます。一方、少年犯は、1983年のピーク(31万7438人)を境におおむね減少に転じ、多少の増減を経て2006年からは一貫して減少し、2012年は前年比で12.9%の減少(10万1098人)を記録しました。
1945~2009年における少年刑法犯の推移(10万人当たりの犯罪数)
警察庁「犯罪統計書」より作成
土井さんは、青少年犯罪が減少している主な理由は、今の若者はリスクを冒そうとせず、犯罪に走る前にブレーキがかかるからだろうと見ています。その遠因は社会の急激な流動化にあるといいます。2000年を境に、日本社会では流動化が急速に進みました。本来、社会が成長期にある時期に流動化が進んだ場合は、一旗揚げる的な挑戦に走る傾向が見られます。高度成長期にあるときは誰もが野心を抱くことが可能ですが、希望がかなわないと不満が鬱積して犯罪に走り、結果的に犯罪が増えます。ところが経済が停滞した状況での流動化では、人々は守りに入ります。器が縮小する中で挑戦に打って出ても勝算はないからです。がんばったところで現状のままだという宿命論が横行し、野心をもたない代わりに不満もためません。その結果、犯罪も減ります。こうした社会状況は、若者社会のあり方にも影響を及ぼしています。
既刊書と新刊書。
さまざまなデータや調査により、子どもたちを取り巻く状況を分析しています。
心理学や脳科学との学際プロジェクトにも
積極的に取り組んでいきたいとのことです。
流動的でありながら守りに入った社会でうまく生きていくには、まわりから浮かないことが肝心です。ただし置いてきぼりにならないためには、周囲から存在を認められている必要もあります。高度成長期にあっては、一匹狼的な孤高の存在には、ある種のかっこよさがありました。しかし今や、それはむしろ一人ぼっちの可哀そうな存在(ボッチ)と見なされます。そこそこにつながっているリアルな人間関係を維持する必要があるのです。そのためにはSNSを介したバーチャルなつながりも必須となります。若者たちはそうやってつながりを「煽られている」というのが、土井さんの解釈です。リアルな人間関係が苦手な若者は、ネットにさらにはまっていきます。フェイスブック、ツイッター、ネット動画などへの書き込みで「いいね」の承認をもらうことで、連帯感を得ようとします。ネット依存の大半はゲーム依存ではなく、コミュニケーション依存だというのが、土井さんの意見です。ネット上で過激な意見が暴走するのも、強い承認要求ゆえのこととして説明できるそうです。多神教が根幹をなす日本社会では、絶対的な価値基準がありません。気になるのは世間の評価です。そこでネット上で話題になることで承認される方向に先鋭化してしまいます。そんな中で周囲から見放されて孤立すると、最後に「僕を見てよ」という自己証明がしたくなって自暴自棄の犯罪に走り、ニュースになるというのが土井さんの解釈です。
土井さんは、統計データや各種調査を実施参照することで当世若者気質を分析しています。現代の日本社会では価値観の世代間ギャップが消失しています。いわゆる友だち母子の増加がその証拠でしょう。内閣府が実施した「平成25年度 我が国と諸外国の若者の意識に関する調査」でも、若者(13?29歳)が悩みを相談する相手は「母親」(47.3%)、「近所や学校の友だち」(38.0%)、「父親」(20.7%)、「きょうだい」(17.5%)の順です。その一方で、知り合い程度も含めた「友だち」の平均数を調べた調査では、2002年の50人から2012年の100人へと倍増しているそうです。ただし親友と呼べる関係は存在しにくい状況です。いつも一緒にいるメンバー(イツメン)を大切にする一方で、特定の相手と親友になる抜け駆けは避けねばなりません。世代間ギャップが消え、上の世代や権威に反発する必要がないため、校内暴力や暴走族といったかたちでの不満の爆発も影をひそめました。その一方で、共通の敵がいない若者たちは、閉じた関係の中にスケープゴートを作りがちです。校内暴力に替わっていじめが増えた理由はそこにあると、土井さんは考えています。こうした閉塞状況を打開する方策はないのでしょうか。土井さんは、学校の開放を提案します。近年、生徒の安全を理由に学校は閉じられてきました。その結果、閉じた空間でのゼロサムゲームが発生しました。それを、学校を開くことで解消しようというのです。小中連携、高大連携などを進めるのです。年少者のメンター役を務めた生徒は自分に自信をもつようになります。その結果、クラスメートの評価という呪縛から逃れられるという報告があるそうです。
若者(16~29歳)の友人数(2002年と2012年の比較)
かつては一山型に近い分布だったが、最近は友人ゼロから極端に多いタイプまでのばらつきが見られる。
青少年研究会「都市在住の若者の行動と意識」調査より
高度経済成長期を終えて停滞期、安定期に入った日本は、少子高齢化でも世界の先陣を切っており、歴史上類のない状況を迎えつつあります。時代の閉塞感を感じつつも、生活の満足度はなんとなく高いという状況のままでよいのでしょうか。経済成長が望めない中での社会設計をどうするのか。われわれは大きな課題を突き付けられています。土井さんは、今後もそうした課題に取り組んでいきたいと考えています。
文責:広報室 サイエンスコミュニケーター